ひとつを選ぶと、残るもの

どれを先にしても、
別の何かが気になることがあります。

子どもの話を聞きたいと思う。
でも、まだ終わっていない家のことも気になる。

少し休みたいと思う。
でも、そのあいだにできたはずのことを思い浮かべてしまう。

今日はここを大事にしようと思っても、
選ばなかったほうが、自分の後ろに残っているような気がする。

何かを選ぶことは、
ただひとつを手に取るだけでは済まないのかもしれません。

その瞬間に、
手に取らなかったものが見えてしまうことがあります。

これを先にしよう。
今日はここまでにしよう。
今はこっちを大事にしよう。

そう決めたはずなのに、
決めたあとで、別の何かが心に残る。

あのとき、もう少し話を聞けたかもしれない。
あれを先に片づけておけばよかったかもしれない。
少し休んだけれど、本当はまだできたことがあったかもしれない。

決めたはずなのに、
気持ちだけが、決めきれないまま残ってしまう。

選ばなかったものが残るとき

でも、ひとつを選ぶことが、
別のひとつに背を向けるように感じる日があります。

選んだものが間違っていた、
ということではなくて。

選ばなかったものを、
なかったことにはできないだけなのだと思います。

どれも軽く扱いたくない。
どれにも気持ちがある。
どれにも、自分なりの理由がある。

だから、ひとつに絞ることが苦しくなる。

外から見れば、
ただ迷っているだけに見えるかもしれません。

早く決めればいいのに。
どちらかにすればいいのに。
そんなふうに見えることもあるかもしれない。

でも、心の中では、
ひとつを選ぶたびに、
別の何かを置いていくような感覚がある。

どれを選んでも、
何かを置き去りにしたような気がしてしまう。

その感じがあるから、
すぐには動けなくなることがあります。

決められないのは、
何も考えていないからではなくて。

むしろ、どれも軽く扱えないからこそ、
簡単には決められないことがある。

子どもとの時間。
家の中のこと。
自分の休む時間。
明日の準備。
誰かに迷惑をかけたくない気持ち。

ひとつひとつは、
大きなことではないように見えるかもしれません。

けれど、その日を過ごしている人の中では、
どれも簡単に脇へ置けるものではなかったりする。

だから、決めることそのものが、
少し痛い日があります。

選んだあとに、
選ばなかったものの重さが残る。

決めたあとに、
それでよかったのかと、何度も心が戻ってしまう。

その揺れを、
優柔不断という言葉だけで片づけてしまうと、
そこにあった痛みまで見えなくなってしまう気がします。

本当は、
ひとつに決めたい日もあるのだと思います。

迷わずに選べたら、
もっと楽なのかもしれない。

でも、選ぶことが、
何かを軽く扱うことのように感じてしまうとき、
心はすぐには前に進めない。

まだ決められない。

その場所には、
ただの迷いではなく、
軽く扱えないものを、軽く扱えないまま見ている時間があるのかもしれません。

ひとつを選べないことの中に、
置いていけないものの重さがある。

その重さを、
急いでなくさなくてもいいのだと思います。

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