何を大事にしたいのかは、すぐには分からない

少しだけ、時間ができたとき。

今日は何をしよう。

そう思ったはずなのに、
気づけば、終わっていないことが頭に浮かぶことがあります。

片づけておきたいこと。

あとでやろうと思っていたこと。

忘れないうちに済ませておきたいこと。

少し休んでもいいはずなのに、
何がしたいかを考えるより先に、
やるべきことを探している。

そんなことがあります。

何を大事にしたいのか。

そう考えてみても、
すぐには答えが浮かばないことがあります。

子どものことは大事。

家のことも大事。

仕事も、簡単には置いておけない。

自分のことだって、
大事ではないわけではない。

どれかひとつだけで、
今の自分を言い表せるわけではなくて、
すぐには、ひとつの言葉にできないことがあります。

もしかしたら、
分からないのではなくて、
まだ、言葉になっていないだけなのかもしれません。

これまで、
今日を回すために、
たくさんのことを見てきた時間があります。

次に何をするか。

何が終わっていないか。

誰かが困っていないか。

今、何をしておくべきか。

そうやって、
自分より先に、
まわりにあるものを見ながら過ごしていると、
自分がどう感じているのかは、
少し後ろに下がっていくことがあります。

自分の感覚が、少し後ろに下がっていたとき

やりたいことより、
やるべきことが先に浮かぶ。

心地いいかどうかより、
これで大丈夫かどうかを考える。

それが長く続いていたら、
自分が何を大事にしたいのかを、
すぐに言葉にできないことがあっても、
不思議ではないのかもしれません。

何を大事にしたいのか。

何が心地いいのか。

何を選びたいのか。

今はまだ、
はっきり分からないこともある。

考えても、
いくつものものが浮かんで、
ひとつに決められないこともある。

言葉にしようとすると、
かえって分からなくなることもあるかもしれません。

でも、
すぐに答えが出ないからといって、
そこに何もないわけではないように思います。

これまで持ち続けてきたものの中にも。

どうしても手を離せなかったものの中にも。

気づけば何度も心を向けてきたものの中にも。

まだ言葉になっていない、
大事にしてきた何かがあるのかもしれません。

それが何なのかは、
今すぐ分からなくてもいい。

まだ分からないまま、
ここにいてもいい。

持ち続けてきた時間の先で、
少しずつ見えてくるものもあるのかもしれません。

自分は、
何を大事にしていたのだろう。

まだ答えはなくても。

その言葉が、
静かに浮かんでくるところから始まることも、
あるのかもしれません。

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