持ち続けてきた時間

気づけば、
また自分で抱えていることがあります。

少しだけお願いしても。

ここまでにしようと思っても。

自分の手を離れたはずなのに、
心の中では、まだ持ち続けているように感じることがあります。

全部、自分でやろうと思っているわけではありません。

誰かにお願いしたい日もあります。

任せられたら楽になると分かっている日もあります。

これ以上は抱えきれないと感じる日もあります。

それでも、
気づけばまた、
自分の中に戻していることがあります。

そのたびに、
「頼るのが苦手だから」
「心配しすぎる性格だから」
そんなふうに考えてしまうこともあるかもしれません。

でも、
持ち続けてしまうものは、
もっと静かなところにあるようにも感じます。

気づけば、
自分が持っている。

もう終わったことになっていても。

誰かが引き受けてくれていても。

心だけは、
まだそのそばに残っている。

そういう時間が、
少しずつ重なってきたのかもしれません。

心だけは、まだ持ち続けている

だから、
持たなくてもいい場面でも、
すぐには手を離せないことがあります。

抱えているつもりはなくても、
気づけば抱えている。

守ろうとしているつもりはなくても、
気づけば気にかけている。

それは、
長いあいだ続いてきた時間の延長にあるものなのだと思います。

だから、
全部を持ち続けてしまうことを、
ひとつの性格だけでは言い表せません。

そこには、
それだけ持ち続けてきた時間があります。

それだけ気にかけ続けてきた時間があります。

持ち続けてきたもののことを、
もう少し違う場所から見つめられる日も、
あるのかもしれません。

その間にも、
まだ言葉になっていないものが、
静かに残っているように思います。

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