昨日は、
それほど気にならなかったのに。
今日はなぜか、
部屋の中の少し散らかったところが目に入る。
いつもなら、
ひとりで過ごせる時間ができるとうれしいのに、
今日はなんとなく落ち着かない。
反対に、
いつもなら気になってしまうことを、
今日は「まあいいか」と思えることもあります。
大きく何かが変わったわけではない。
同じような毎日の中にいて、
昨日と今日で、
それほど違うことがあったようにも思えない。
それでも、
同じことを前にしているのに、
感じ方が少し違う日があります。
昨日は平気だった。
前は心地よいと思っていた。
いつもなら、
こんなに気にならないはずだった。
そう思うと、
では、
本当はどう感じているのだろう。
そんなふうに、
少し分からなくなることもあります。
前に感じたことは、
違っていたのだろうか。
今感じているほうが、
自分の気持ちなのだろうか。
感じ方が変わると、
どちらかひとつを、
自分の気持ちとして決めたくなることがあります。
昨日と今日で、違っていても
でも、
昨日感じていたことと、
今日感じていることは、
どちらかが間違っているわけではないのかもしれません。
昨日には、
昨日の感じ方があった。
今日は、
今日の感じ方がある。
同じものを見ても、
同じ時間を過ごしても、
そのとき自分の中にあるものによって、
受け取り方が少し違うことがあります。
その日の過ごし方だったのか。
そのときの気持ちだったのか。
何が違ったのかは、
自分でもよく分からないことがあります。
それでも、
今日はそう感じている。
そんなこともあります。
自分の感覚に気づくと、
これは好きなんだ。
これは心地いいんだ。
これは苦手なんだ。
そんなふうに、
ひとつずつ名前をつけたくなることがあります。
名前がつくと、
少し分かったような気がするからかもしれません。
けれど、
一度心地よいと思ったものが、
いつも心地よいとは限らない。
一度気になったことが、
いつも同じように気になるとも限らない。
昨日と今日で、
感じ方が違うことがあります。
昨日はこう感じた。
今日は、
少し違った。
明日はまた、
違うかもしれない。
そうやって揺れているものを、
急いでひとつの答えにしなくても、
そのときそのときに感じていたものは、
確かに自分の中にあったものなのかもしれません。
昨日と今日で違っていても、
どちらかひとつだけが、
本当だったわけではないのかもしれません。
今は、
どう感じているのだろう。
その答えもまた、
明日には少し違っているのかもしれません。

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