寝かしつけを終えて、
子どもの寝顔を見ているとき、
ようやく我が子の可愛さに、ちゃんと気づく。
そんなふうに、
一日があっという間に過ぎていくことは、
一度や二度ではありません。
今日は、少しは人に任せて、
ひとりで過ごす時間もあったはず。
それでも、
ゆっくりできた実感が、ほとんど残っていない。
「今日は少し休めたはずなのに」
そう思うのに、
一日が終わると、やっぱりどっと疲れている。
何か大きな出来事があったわけでもない。
特別に無理をした覚えもない。
それなのに、
気づくと心も体も、余裕をなくしている。
子どもが小さい頃は、
「今は何もしていない時間」もあるはずなのに、
頭のどこかで、ずっと何かを気にしている。
ちゃんと眠れているか。
泣いていないか。
次に必要なものは何だったか。
体は座っていても、
頭の中は、ずっと動き続けている。
なぜ、スイッチは切れないままになるのか
気づけば、
いくつものことを同時に考え、
同時に進めることが、
以前よりずっとできるようになっている。
それは、
できるようになった、ということでもあるはずなのに、
そのぶん、
「気づいてしまうこと」も増えていく。
あ、これもやっておかないと。
これも、私が気にしておいたほうがいいかもしれない。
そうやって、
誰かに頼まれたわけでもないことまで、
自分の中で拾い上げていくうちに、
抱えているものは、
いつのまにか、
自分でも把握しきれないほど増えていきます。
それでも、
頭の中ではずっと、
「まだ終わっていないもの」として残り続ける。
一つひとつは、
それほど大きな負担に感じないことでも、
それが同時に、
ずっと頭の中に居続けている状態は、
思っている以上に、
心を休ませてくれません。
もし、
「今日は少し休めたはずなのに、回復した気がしない」
「何もしていない時間があったはずなのに、ずっと疲れている」
そんな感覚が続いているとしたら。
それは、
あなたのやり方が悪いからでも、
要領がよくないからでもなくて、
頭の中のスイッチが、切れない状態のまま続いている
ということなのかもしれません。
それは、
気合や工夫でどうにかできる問題というより、
そういう構造の中に、ずっと身を置いているということ。
だからまずは、
「スイッチが切れないままの自分」を責めないところからで、
いいのだと思います。

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